美術館と図書館の休日  2009/11/3

 めったに取れない休日だ!!突然冬が来たが如くに今朝は冷えた。朝七時過ぎからロードに乗ったら、すごく空気が冷たくて手が痛くなり、大原橋までの最短距離で引き返す。父母に人参ジュースを作り、里山に登ると足や体がへろへろである。最近は左腰不調で、夜左足が攣って目が覚め、熟睡できていない。へろへろのまま、道端の冬苺など食べながら登る。昼食に蕎麦粉百パーセントの蕎麦を茹でる。父母におかずを用意。

午後から林原美術館の三井美術館利休茶器展に行く。国宝の「卯花垣」の茶碗が展示してあって、これは何だかわからないが大変感じがよく、見飽きなかった。俊寛という銘の黒楽もよかった。大井戸がいくつかあった。利休作の茶杓もあった。お茶をする人には味わい深いだろうと思う。しかし素人で何も知らなくても、なべてよい茶碗を見ると、心が洗われたように落ち着きと爽やかさが後に残る。美術館に行くときは服装もすっきりしたい。今日は黒のセーター、黒のズボンに白黒の光るネックレス、光物の黒いイヤリング、アイヴォリーの半コートにした。茶器にはしっくりとして自分でも気持ちよかった。

 その後県立図書館に行く。ずっと行ってみたかったのだが、これまで機会がなかった。大きく明るく使いやすく、感じがいい。五歳のゆいなに二冊借りて、カフェで大人はコーヒーを、ゆいなは米粉でできたリンゴジャムパンとチョコパンを食べる。明るい日差し、広々とした図書館の一角、何となく楽しいおやつの時間。次にデオデオに行って、ゆいなはおもちゃコーナーで遊び、大人は携帯用のパソコンを見る。私には機能や内容はわからないので、ついに思い切って最新VAIOを買う。今日は仕事も衣服の片付けも何もできなかったが、休日らしい息抜きができて貴重な一日だった。

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栗入り山菜おこわ  2009/10/25

 自然食品店愛農で「栗入り山菜おこわ」(聞くだけでも美味しそう)を父母に二個買う。帰宅して豆腐と玉葱、葱でおかずを作り、お茶を沸かしてすぐ食べられるようセットした。母は嬉しそうに「今日はご馳走よ、信子が私らのために買ってくれたんよ」と言い、二人とも「美味しい。これなら一つ五百円しても不思議はない」(やー私の財布には高かったけど)と喜んでくれた。よかった、買った甲斐があった。普段と違うものが、しかもちゃんと配膳してあるのが高齢者には珍しくていいらしい。八十を過ぎても父母が美味しく食べられて、食べて喜んでくれるということが、私にはまるで大きな褒美のような気がする。このように二人が喜んでくれると私はすごく嬉しいのだが、喜ばないとがっかりする。いいのかな、これは利己的感情想念かな。

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空っぽ  2009/10/20

そこはかとなき秋の寂しさに来し方を振り返る。

何か見つけられると思って一生懸命探してきた。

一生でただ一人の人に出会えると思ってあくせくしてきた。

子育てに夢中になってああしろこうしろと叫んできた。

何かやり遂げられると思って次々に本を読み、ものを書いてきた。

そして今、何もないまま老年期に近づいていく。

恋だの愛だのはついになかった。

子供たちは成人して遠くに旅立った。

親たちは仲良く老いて私から遠ざかる。

猫も離れていく。みんな消えていく。

私には何もない。多分、寂しさはそこから来るのだ。

何もない、私は空っぽ。自分の興味と願望に熱中する余り

人を愛さなかったから?人に尽くさなかったから?

でも何もなくても、私はお祈りを授かった。

馬鹿でも空っぽでもいいんだよ、世界平和の祈りがあるよ。

祈りは必ず聞かれます、と先生は断言なさる。

私には祈りがある。

いつの間にか人類の幸せを祈ってやまない思いがある。

空っぽはきっといいこと、この空っぽに祈りを満たせ。

空っぽは充填の準備ができているということ。

寂しさを感じるたびに我が内を祈りで満たそう。

寂しさにうつむくたびに空を仰ごう。

光が通る明るい大きな窓のように空っぽであればいい。

祈れ祈れ、祈り溢れ来て、み光が人々に行き渡るまで。

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智積院  2009/10/20

  智積院は街中ながら、入り口は落ち着いた佇まいである。長谷川等伯と弟子たちの国宝の襖絵がある。楓図、松図、桜図、松に秋草の図。等伯の若くして死んだ息子描く桜の図には、ほの白い八重桜が品よく華やかに咲いていた。またゆっくり眺めてみたい。

 庭は、面積は狭いはずなのに、山と滝と小山に囲まれているかのような奥行きを感じさせる。作庭の名人のデザインであろう。その庭ばかりでなく建物を囲む周囲の庭、建物の合間にある坪庭、小庭がさりげなくゆとりと品をかもし出し、改めて智積院の魅力を感じた。

 さて、以前高島屋展で見た田淵俊夫の襖絵に再会。寺院が供する空間は広い。その中に彼の欅、竹、夕陽、朝陽、柳、桜の絵は、静かに収まっていた。じっと見ていると木々が透明な静けさを伝えてくるのであった。冬山の絵だけ見られなかったのは心残りだった。

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龍  2009/10/20

私は以前から龍が好きだ。民話でも伝説でも絵でも何でも、龍には割と引かれていた。一度夢に見たこともある。空を何か細いものが飛んで行くから、じっと見ると龍だった。あら、龍だ!と見とれた。ふっと気付くと庭先に着物を着た女性が立っていた。この人はさっきの龍だ、とわかった。ただそれだけしか覚えていないのだが。

木村秋則さんの「すべては宇宙の采配」を読んでいたら、龍が出現する場面があってとても驚いた。幽霊や宇宙人の話はよく聞くけれど、龍の話は聞いたことがない。終わりごろに再度龍が出てくる場面があって、私は嬉しくなって、思わず窓の外を見て、「龍さん、龍神様、どうか地球をよろしくお願いします。お祈りします、どうか地球を救ってください」と心で思うと、突然胸が溢れて涙が出そうになった。何かに感応したとしか思えない。

木村さんは多分樹木や草と同じように真正直なことろがあって、(彼によれば地球の時間?も残り少ないし)書く危険を承知で書いたのだと思う。彼の本を読むと、いわゆる常識に捉われる、というより常識的な考え方をするのが、既に時代遅れになっていると感じさせられる。「大切なことは見えないんだよ」というサンテグジュペリではないけれど、見えないものに重きを置くように、思考感覚を切り換えなければならない。

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帰る――「おくりびと」を見る  2009/9/21

TVで「おくりびと」を見た。二度目なのに、全くマジに、集中してみた。前は気がつかなかった所に気付く。人が亡くなり、涙とともに見送られる場面では、やっぱり涙が出た。大吾がチェロを弾く背景、山形の山、河、田んぼ、鳥の群れの懐かしい風景を見るとやっぱり涙が出るのであった。火葬場の焼却係のおじさんが、人が亡くなるのは「門」だ、自分は「門番として」たくさんの人を「また会おうな」と見送った、と話す場面はしみじみと見る者に染みてくる。川を遡る鮭を見て、「どうせ死ぬなら何でこんなに流れに逆らって頑張るんだ」と言う主人公に、「やっぱり帰りたいんでしょうな」と言ったのもこのおじさんである。チェリストとしての夢破れた主人公は、山形の故郷に帰る。それで「帰る」がこの映画のテーマだと気付く。

人が亡くなるのは、この世から「そこより来たりし所」に帰るのである。チェロをBGMとした故郷の風景を見るだけで心を打たれるのは、故郷が帰ることを象徴しているからである。人はこの世で暮す。人は家庭を持ち、我が家で暮す。しかし結局は帰るのである。人間に帰還を思い出させてくれるのが、故郷の風景なのだ。ちょうど生みの父母が人間に「魂の親なる神」を思い出させてくれるように。死を通って人は帰る、あの世へ。帰る人を、心を尽くし愛を込めておくるひとが、おくりびとである。私たちは一人残らずおくりびととなり、送られる人となる。ひとり残らず門を通る。門はいつ通ることになるのかわからない。だから悔いなきように生きよ、悔いなきように人を愛せ。

日ごろ忘れている、大切なことを、ごくさりげなく、自然に思い出させてくれる映画である。忙しかった一日のあとで、夜散歩して星を見るときなぜかいつも、星を、月を、夜空を見ることが、魂に大切な、必要なことであるような気がする。空は故郷だからだ。帰ることを忘れたら、自分の拠り所を見失うのと同じことなのだ。二十世紀、物質主義と資本主義に耽溺して帰還を忘れた私たちに、「やがて帰るんだよ。移行、他界を思い出すんだよ。とても大切なことだよ」と、各所から愛のメッセージが届けられ始めている。

あ、今日はお彼岸・・・

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水村美苗著「日本語が亡びるとき」  2009/9/10

水村美苗の「日本語が亡びるとき」(この題名が嫌いで長らく読む気がしなかった)に「ああ気付かなかった、無知だった・・・」と強い感銘を受ける。特に英語教育の章には、私がこれまでずっと漠然と感じていた疑問が明快に述べられてあって衝撃的だった。その疑問とは――日本人はどうしてみんな血道をあげて英語を学びたがるのか(自分も含め)。どうして見境もなく際限もなく英語力の向上を望むのか。普通の生活をしていて英語に堪能になるはずがないし、たとえなったとしても一部の人を除いては使う機会がない。これは全くの国民的ロスではないか。特に会話とか“オーラルコミュニケーション”にエネルギーを注ぐのが腑に落ちない。英語の「読み書き」はある程度できれば便利だが、「会話」は努力しても流暢に話せるまでにはならないし、大体一生のうちで使う確率はごく低い。それなのに何を馬鹿なことをやっているのだろう。英会話学校に通いながらもずっと悩まされた疑問である。

この本には、十二歳からアメリカで暮らし、日本文学を読みふけり、フランス文学を専攻し、バイリンガル(日英)及び日本語で小説を書くという、水村さんの体験から得た明白な答えが書かれてあって、(一)「国民の全員がバイリンガルになるのを目指す」か(二)「国民の一部がバイリンガルになるのを目指す」かの選択肢があげられる。日本政府は「危機感の不足と、勇気のなさと、頭の悪さから、無策」と的確に指摘。()は事実状不可能で、これまでの英語教育が示すとおり全員が低い英語力となる。現状は、平等主義への憧れから漠然と、学校教育を通じて(一)が意図されている。伝統的に日本では、海外と折衝する官僚さえ英語力が不足しており、そのために大変な国益の損害を蒙ってきた。今後は必要な人々に充分な英語力を養成するという(二)を取るしか日本が生き残る道はない。・・・ということを国際的視点から実に説得力をもって述べてある。これを読んでものすごく頭がすっきりした。

私も英語を教える者として、涙ぐましいほど良心的に真面目に、学生みんな(各自の学力に応じてではあるが)が英語力向上の機会を与えられるべきだと考え、しかも少しでも楽しめるようにと工夫して英語の授業をしてきた。しかし最近は「必要ない人はないのだ」と思うようになった。そうはいっても単位取得は必要なので、学生の努力と取り組みの姿勢を評価するという柔軟な方針を取り入れている。黒板には英語の横に必ず漢字を書き、「これ読める?書ける?漢字は大事よ。国語力とは頭のよさなのよ」などとけしかける。英語が全く要らないというのではない。文化的自己中心主義(アメリカのような)を抜けるには外国語を学んである程度苦悩するのが効果的である。だが教育上優先すべきは日本語・日本文学教育であり、英語教育においては悪しき平等主義に捉われないことだと納得がいった。

但し、私の場合会話学校に行ったのは別の理由もあった。日本人だけと話していると私は何となく窮屈になるのだ。英、米、カナダ、オーストラリアなど英語圏の外国人と話すと、自分が住んでいる小さい世界に広い窓が開くような感じがして、呼吸が楽になり、ほっとする。生身の人間は必然的にローカルな存在で、ローカリティ(その人固有の場所、土地、世界)は大切だが、ローカリティを認識し理解するにはユニヴァーサルなものと繋がる必要がある。外国のこと、世界のことに触れて初めて日本のことがわかるという例は多い。すると世界・自国・自己を理解するのには外国・外国人体験や海外情報が非常に有効で、そのためには外国語がある程度必要だ、ということになる。だから、専門家は別として、正確かつ流暢に話せなくても適当に通じれば十分だ。今でも私は外国人と話して学ぶことがあると、心が活性化してほっとする。人間には誰でもサンテグジュペリのいう「広がり」を、普遍性を求める特性があるようである。

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微音の世界   2009/8/15

母が耳が遠いのが不便で寂しい。聞こえない人は世の中からかなり隔てられる。私が傍を通っても、人が訪ねてきても、大雨が降っても、裏の轟音をたてる門が開けられても、何も知覚できない。知覚できないから周りも話しかけないようになる。彼女は微音の世界で一人動く。そのため事実上一人でいる時間が多くなった

母は一人っ子の私を、心を込めて育てつつ思う通りに動かした。長い間私にとって世界とは母だった。意志の強い彼女は他を仕切る人だった。計画を立て、考えたとおりにならないと承知しない人だった。だから今、聴覚衰退のために世界を自分の膝下に組み敷くことができない様子がいっそう際立つ。彼女自身苛立って、「あれもこれもできなくなった、情けない」とこぼすことがある。

それを見ると「ああ、初めから仕切ろうなどとしないでおこう。もともと人間は支配などできないものだ。すべて与えられ、自分のものなど一つもないのだ。できないことより、今できること、生きていること、生かされていることに感謝するよう心がけよう」と思う。高齢で弱っても話ができ、一緒に暮せる両親、まだ見える目、歩ける足、ものを食べられる内臓、差し出せる手、風を感じる皮膚、脈打つ心臓、数えればきりがない。それが与えられ、機能している間はそのことに感謝しよう。機能しなくなったら感謝してお返ししよう。そうできるようになりたい。ただただ感謝できるようになりたい。そうして人々にその大切さを少しでもお伝えしたい。

母を見ると、耳が遠くなったのも何らかのお導きで、このようにして最良の方法で移行する準備をして下さっているのだろうと思う。私もお導きでそれを見せられているのだと思う。神様、このことにもっと感謝できますように。両親にもっと愛を尽くせますように。

あと何年両親とこの世に一緒にいられますか。その間にできることはし尽くしたいのではありませんか。そもそも今両親の老衰を見てマイナスの感情を持つ時間が惜しいのではありませんか。イエス、同じ現象でもそれがどういう意味を持つかは、見る人の姿勢が決定する。まことにすべて「問法第一」である。

そうだ、毎日一つ、父母の美点を挙げて行こう。継続は力なり。容易く人間にできないことでも、継続という単純な努力によって人間存在そのものが変わるように神様はして下さっている。日本の伝統的「~道」はそれをよく理解していたのではないか。

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夢の跡   2009/07/20

何となく和歌の形にしてみればすいとこうなる今日の一日 

 おやつ食べ田んぼ草刈る炎天に女は鎌で男は機械で

 何気ない会話に通う人生の味わい母と娘とにだけ

 言い知れず耐える不快は賜りし導きなればただひた祈れ

 夏の日の夕陽は無事に西空へ晩鐘の音を幻に聴く

○夢の跡  

かっと晴れたり曇ったり、落ち着かぬ天気の朝、寝坊させてもらって七時前、今日も山を歩く。犬を連れて散歩する人々、既に山から降りてくる人々。無事に平和に日曜日は繰り広げられていく。

遥々と歩み来た道顧みれば恋も仕事も夏草の露

主無き家は屋根まで緑濃き蔦に埋もれて夢の跡かな

蝉時雨満ちる山路の奥底に緑も清き苔の静けさ

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この世はすべて神の寄せ植え

 一週間の疲れを癒してもらえたのだろう、大いに寝坊して目覚めたら六時前。それでもまだ横になっていたくて、散歩に出たのは七時頃。昨日の雨で里山の緑に霧が立ち込め、文字通り緑滴る山道だ。様々な草木が露に濡れている。中でも萩の葉に置かれた露は、白くきらきらと光ってまことに美しい。見るだけで文字通り心が洗われる。まるい優しい形の萩の葉、そのそばに立つ紅葉の若木の、赤みがかった黄緑の色彩の精妙さ。手前にはありふれた雑草の赤い茎が眼に鮮やかで、白っぽい実には微かな同系の赤みが差して、その完璧な配色にうならされる。「まあ、見事な寄せ植えだ」と思わず声に出してから、「この山全部、神様の寄せ植えじゃないの」と一人笑う。そういえば、地球も宇宙もまるごと神様の寄せ植えなのだ。草木たちに「あなたたちはほんとにきれいね」と話しかけずにいられない。

明け染むる夏の山路の萩の葉に置く白玉の露のすがしさ

楠ももみじも岩も山鳥もこの世は全て神の寄せ植え

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«月   2009/6/29